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現役東海から浪人で明治へ!武田塾で過ごした1年半の軌跡【26年度入試】

こんにちは!武田塾武蔵小杉校講師の川島です。今回は合格体験記第弾として、浪人を見事に耐え抜いて明治情報コミュニケーション学部に合格を果たしてくれた弓削樹くんの記事をお届けします!

現役時代のほぼ全落ちから、見事難関大学の複数合格を勝ち取った弓削くん。早朝バイトと受験勉強の両立、そして「共感覚」という特有の壁を乗り越えた1年間の軌跡を、担当講師である僕と一緒に振り返ります。

 

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弓削樹くん(横浜清風高校卒)

明治大学 情報コミュニケーション学部 合格!(進学先)

明治大学 文学部 心理社会学科 哲学専攻 合格!

法政大学 文学部 哲学科 合格!

法政大学 社会学部 メディア社会 合格!

成城大学 社会イノベーション学部 合格!

東洋大学 社会学部 メディアコミュニケーション 合格!

現役時代の成績と、志望校との「遠い距離感」

ーー受験お疲れ様でした!見事な複数合格ですが、まずは現役時代のことについて一緒に振り返ってみましょう。当時の高校の環境や成績はどうでしたか?

弓削: 僕の高校は偏差値45くらいの選抜クラスでした。僕自身の成績は進研模試で日本史と英語が偏差値40くらい、国語が50あるかないか。当時の志望校は明治学院大学でしたが、正直自分には手が届かない、遠い目標だと感じていました。現役の時は、宿題を最低限こなせば受かるだろうという感じで、1日の勉強時間も4時間程度。内職などもしていませんでしたし、今思えば完全に腐ってましたね(笑)。結果は東海大以外全落ちでした。

ーー当時の弓削くんは、僕から見ても「本気になりきれていない」感じだったよね(笑)。でも、現役の終盤の2月頃に目の色がガラッと変わったのを覚えてるよ。浪人を決めた時、どんな心境の変化があったの?

弓削: 現役の2月くらいに、急に「あ、俺やっぱり文学部に行きたいかも」と明確な目標ができたんです。だから浪人を始める時は「絶対にMARCHの文学部に入るために、あえて早稲田や慶應を目標にして自分を引っ張っていく」という戦略を立てて勉強するようになりました。

朝6時からの「1日10時間ルーティン」

ーー浪人生活の中で、武田塾のシステムで一番効果があったと思うものは何だった?

弓削:「ペース管理」ですね。僕はもともと能動的に勉強できるタイプじゃなくて、タスクを課されないとやろうという気にならないんです。だから、「いつまでにこれをやり切りましょう」と明確に指示してペース管理をしてくれる環境が合っていました。

ーー弓削くんは毎日自習室にいたけど、1日のルーティンはどんな風に組んでいたの?

弓削: どんなにだるくても、やる気がなくても、「最低1日10時間は自習室にいる」と決めていました。実は朝6時から9時まで早朝バイトをしていたので、前日は早めに寝て5時半に起き、バイトが終わったら午前中のうちに塾に着くようにスケジュールを組んでいました。

ーー早朝バイトをしてから10時間勉強ってすごい精神力だよね。それでもやっぱり、やる気が出ない日はどう乗り切っていたの?

弓削: やる気がない日は、嫌いな暗記系は最低限にして、自分の好きな国語の長文演習などを中心にやって、やる内容を変えてでも「勉強の時間(ボリューム)自体は絶対に落とさないようにしていました。

あとは「1日の勉強の順番」も工夫していて。朝イチの元気なうちに一番嫌いな英語をやって、ご飯を食べた後の昼下がりは脳のリソースをあまり使わない日本史の流れの確認。そして夜、疲れが見え始めた頃に集中力が必要な長文演習を入れる、というサイクルを作っていました。

最大の壁・英語の克服

ーー弓削くんにとって、ずっと一番の壁だったのが英語だよね。弓削くんは「共感覚」という、文字や文字列に色がついて見える(感じる)特殊な感覚を持っているじゃない?

※補足:この感覚があるため、弓削くんは英単語が持つ色と、日本語訳が持つ色が一致しないと、普通の人が単語を暗記する何倍も脳の処理に負担がかかっていたんです。

ーー実際、頭の中ではどんな風に見えていたの?

弓削: 例えば「contain(含む)」という英単語自体は黄緑っぽいイメージなのに、日本語の「含む」は黄色や茶色に感じるんです。だから、頭の中で黄緑色の絵の具を少しずつ黄色や茶色に写し替えていくような感覚で覚えていました。

ーー頭の中で絵の具を混ぜるみたいな、すごい労力がかかる作業をしてたんだよね。そんな特有の苦労を抱えながら、どうやって『ピナクル』などの難しい単語帳や長文までマスターできたの?

弓削: 浪人してからはその感覚との向き合い方がわかってきて。EX単語帳などで接頭辞・接尾辞を意識し始めてから、丸暗記ではなく理論的に組み立てて覚えるコツを掴めました。

長文も、秋頃に伸び悩んだんですが、12月頃に「無意識に速読に走っていた癖」に気づき、自分の心地よいペースで丁寧に精読するようにブレーキをかけたら、早稲田の過去問でも平均点を下回らないレベルの土台が完成しました。焦って遠くを見すぎず、自分の足元を見て「正確に読む」ことを固めたのが近道でした。

国語と日本史のブレイクスルー

ーーちなみに、世界史じゃなくて日本史を選んだのも共感覚が理由って言ってたよね?

弓削: はい。カタカナは文字の種類が少なくて色をごまかしにくいんですが、漢字は「偏(へん)」と「旁(つくり)」で色がごちゃごちゃしているので、少しずつ塗り替えて意味と紐付けやすかったんです。

ーーなるほど。じゃあ、その日本史の成績が一気に伸びたと実感したブレイクスルーはいつ頃だったの?

日本史が伸びたのは現役の3月、神奈川大学の後期受験の前です。「もう後がない」と思って1日8時間日本史だけをやりました。入試本番で教科書にしか載っていない知識で落ちていることに気づいたので、教科書を穴があくほど読み込みました。結果、自己採点で9割近く取れて、これが浪人時代の盤石な土台になりました。

ーー現役の終盤に作っておいた日本史の土台が浪人時代もしっかり活きてよかったよ。じゃあ、国語のブレイクスルーはどうだった?

国語は浪人最初の共通テスト模試で一気に伸びたのと、直前期の12〜1月頃ですね。文章は読めているのに問題が解けない時期があって、とにかく色々なパターンの問題を解きまくったんです。そうしたら「こういう問題はこう消去法を使って解答を作る」という頭の中のプロセスが正確になり、安定しました。

メンタルコントロールと息抜き

ーー浪人生活で心が折れそうな時、支えになったものはある?

弓削: 現役で全落ちが見えて浪人を決める一番きつかった時期に、あるYouTuberの「どの選択が正解かなんて分からない。選んだあとで、その選択を正解にできるんだ」という言葉が刺さりました。浪人の成功率は3割程度と聞いてリスクは感じていましたが、「じゃあ俺がやれば正解になるんだ」と腹を括ることができました。

ーー「自分で選んだ道を正解にする」、本当に力強い考え方だよね。とはいえ、1年間ずっと気を張り詰めるのはしんどくなかった?

弓削: そうですね。だから僕は、ずっと勉強ばかりじゃなく、たまにジムに行って発散したりもしていました僕の場合、スタート時の成績が低かったので「やれば勝手に伸びるだろう」とある種、楽観的に考えられていたのも、1年間メンタルが安定していた理由だと思います。

合格の瞬間と後輩へのメッセージ

ーー2月12日、法政(共テ利用)の最初の合格発表を見た瞬間の気持ちはどうだった?

弓削: 本番で「完璧にできた!」という手応えがなかったので、見る前はひたすら不安でした。だから合格を見た瞬間は「嬉しい」というより「あ、ちゃんと合格っていう結果が出るんだ」という「安心」の方が強かったですね。家族も、僕が浪人して朝から晩まですごく頑張っている姿を見てくれていたので、めちゃくちゃ喜んでくれました。

ーー最後に、これから受験を迎える後輩へメッセージをお願いします!

弓削: 現役生には「なるべく早く始めろ」と伝えたいです。僕が失敗した最大の理由は時間がなかったことなので。浪人生には「根詰めすぎないこと」を伝えたいです。理想はずっと勉強し続けることですが、それは鉄人にしか無理です。僕みたいにジムに行ったり、健康や精神を削りすぎず、自分に合ったペースを探しながら進めてほしいです

春からは講師として

ーー弓削くん自身が自分に合ったペースを探りながら実践してきたからこそ、すごく説得力があるね。春からはうちの塾で講師としても働いてくれるということで、意気込みを教えてもらえるかな?

弓削: 僕自身、受験勉強を通していい方向にも悪い方向にも「価値観」や「視点」を変えられました。英語が伸び悩んだ時に「そこじゃないよね、足元だよね」と視点を変えられたことで助けられたので。今度は僕が、そういった視点の変え方や価値観の変わり方を通して、生徒をサポートできる人間になりたいです。

ーー素晴らしい意気込みをありがとう!弓削くんなら、生徒の葛藤に寄り添いながら、的確なアドバイスができる講師になると思います。一緒に働けるのを楽しみにしています。本当におめでとうございます!