武田塾2016年度合格実績・合格速報

【慶應義塾大学・学習院大学・東洋大学合格】高校偏差値55からの慶應義塾大学合格!

【プロフィール】

石川県能美市在住、石川県立小松明峰高等学校卒(ハンドボール部所属)
慶應義塾大学を志し、浪人して武田塾へ入塾

【出身高校の偏差値と得意科目、苦手科目】

《得意科目》:英語

努力が点に結び付きやすいから勉強のやりがいがある。もとから得意だった訳ではない。武田塾に入ってから英単語や英文法を覚えて、構文をマスターして、基礎を固めたらメキメキと成績が上がった。得意だと言えるようになったのは、武田塾のおかげだ。もちろん基礎を固めるまでの勉強は楽ではなかった。

《苦手科目》:物理と小論文

小論文が第一志望の慶應義塾大学の受験科目に入っていたので、最後まで格闘し続けた。苦手だったし、最後まで悩まされ続けた受験科目だった。
慶應義塾大学の文学部に受かったと言っても、そもそも文学は好きじゃない。さらに武田塾の小論文は中村先生が担当だったが、無茶苦茶厳しいし、ぼろくそに言われることが多いのでやめた。
インターネットで小論文の書き方を調べて独学で勉強して、過去問をこなした。
物理は計算が苦手で、数学よりも計算に悩まされた。

【合格した大学の受験科目】

英語、日本史、小論文
他の大学を受けるのに必要だから、国語(古文・漢文を含む)も勉強していた。

【勉強時間】

夏の模試では、慶應義塾大学文学部はC判定。だから少々焦りもあって、毎日6時間は勉強していた。その後、11月に受けた模試ではA判定が出た。実際、自分でもそれまでの勉強が身に付いてきたと感じていた。受験直前期の勉強時間は1日3時間程度だったと思う。

【受験生活のパターン】

勉強にはメリハリが大切だと思っていたので、自宅ではまったく勉強しなかった。
9時~10時に起床、午前中は自分の部屋でグダグダと携帯を触って過ごしていた。13時に武田塾金沢校に登校、20時半まで勉強、21時帰宅。
帰宅してからは、携帯で友達とやり取りして過ごしていた。まさに午前中と夜はリラックスした自由時間、午後から夕方にかけてだけ武田塾の自習室で勉強した。主な勉強場所というより、ほとんどの勉強場所が、武田塾金沢校の自習室という生活だった。

高校時代の自分

出身校の小松明峰高校の偏差値は55ぐらい。せいぜい毎年旧帝大に一人入るかどうかというレベルの高校だった。一方で、部活動の盛んな高校で、自分はハンドボール部に所属していたが、そのハンドボール部は、石川県は高校の数もそれほど多くないのだけど、県大会で3位に入賞する結果を残せた。
ハンドボールはバスケみたいに動き回ることの多いスポーツだ。ポジションは左サイドで、夢中になって走り回っていた。
本格的に受験勉強を始めたのは高校3年になった春ごろからだ。それでもハンドボール部には高校3年の7月まで所属していた。充分高校生活を謳歌していたと言えるかもしれない。

武田塾との出合い

高校の先生から、浪人して塾や予備校に通うなら、集団授業より個別指導の方がいいと勧められていた。それもあって、浪人が決まったときにインターネットで「勉強法」と検索してみた。
辿り着いたのが武田塾のサイトだ。そのときに、抜群のタイミングで武田塾金沢校ができたと書いてあった。
さっそく受験相談を申し込み、3月20日には吉田正人先生の受験相談を受けた。そのころは志望校として、慶應義塾大学のほかにもICU(国際基督教大学)を考えていた。英語の問題を解いたら半分ぐらいの正答率だった。
そのあとすぐに武田塾に入塾して、本格的な受験勉強を始めることになる。

成績はどう変わった

武田塾へ入塾してからの1年間で、偏差値は49から68まで伸びた。模試の結果も、先に書いたように、夏には慶應義塾大学はC判定だったが、11月にはA判定にまでなった。

武田塾で印象に残ったこと

志望校に合格するためのルートを紹介されたときに、こなさなければならない参考書の多さに驚いた。それこそ30冊以上あった。
最初に英単語や文法を暗記したことで、3か月を過ぎたあたりから英語の長文が読めるようになった。これはスゴイと思ったことを覚えている。あとは武田塾の個別指導では、サボれないのが素晴らしいと思う。
最初から難しいことをせずに、基本に対して丁寧に取り組ませてくれたおかげで、自分でもびっくりするほどできるようになり、勉強することの手ごたえを感じた記憶がある。

小論文も、書き方を一から教えて貰えるので非常に解りやすかった。しかし担当の中村先生が厳しすぎて、さらには細かすぎて、できないとまるで我が子のように、いやそれ以上に遠慮なく指摘されるので、それがきつかった。
小論文に対する考え方も僕とは違っていた。小論文で満点をとるための書き方を教えてくれるのだが、当然その要求、ハードルが高くなる。このような小論文に対する考え方の違いが、途中でリタイアした理由だと思う。
中村先生は、時事ネタを絡めてオリジナリティを出せという。僕は没個性的に、自分のオリジナリティは出さないで、満点でなくても無難に合格点を取りたかった。加点もされないけれど減点もされない小論文を書くのが自分のスタイルだと思っていた。いくらはっぱをかけられても、それ以上の小論文は、自分には書けなかった。
可もなく不可もない小論文を書いて、何とか合格に滑り込む作戦に切り替えて、中村先生に教わった小論文の基本を踏襲しつつも、自分なりの小論文を書けるように努力した。

武田塾では、どの講師の先生も厳しく指導してくれて、質問にも丁寧に答えてくれた。ペースを乱すことなく、浪人時代の一年間もの間、集中して勉強に取り組むことができたことに感謝している。
今思うと、武田塾には毎週毎週、学習の成果を確認するための確認テストがあり、毎回真剣勝負で取り組めるのが一番良かったと思う。
自習室も使いやすく、集団授業ではないので、個人個人が変にベタベタと仲良くなることもなく、無駄口を叩くこともなく、集中して勉強することができる。
駅から近く便利なのも自分には都合よくて、素晴らしかった。

スランプについて

スランプに陥らないためには、勉強の数をこなすことが大切だと思う。勉強ができないからスランプに陥るので、できるようになればスランプとは無縁になる。だから、勉強さえすればいいと思う。勉強さえ続けていれば、いつの間にか勉強の難しさにも慣れ、スランプに陥ることもなくなる。
僕の場合は、「今年も大学に受からなかったらどうしよう?」などといった焦りをなくすために、好きな音楽を聴いたり、好きなお笑い芸人の「オードリー」の動画を見たりした。僕は特に若林が好きで、抜群のセンスがあると思っている。

合格した喜び、将来の夢

嬉しかった。たまたま合格発表のときには兄弟が家にいた。普段はあまり仲がいいとは言えない兄弟だが、自分のことのように喜んで、祝ってくれた。

僕は徹夜とかで働くのも平気だから、将来はTV局員になりたい。バラエティやお笑いの番組制作に携わりたい。いわゆる普通のサラリーマンとは、ちょっと変わったことがしたい。
慶應義塾大学の文学部に入ったけど、余りにも〝文学〟〝文学〟したことをするつもりはないし、したくもない。文学部で学ぶことの中にも、情報学、社会学、人間科学など、いろいろと興味のある学問がある。第二外国語はフランス語をとった。

これから受験される方へ

毎回、武田塾から出される宿題を一週間やり続けることで、成績は確実に伸びていきます。あとは参考書のルートを信じてついていくことが大切だと思います。
僕が合格した慶應義塾大学は、無茶苦茶楽しいです。なぜか不思議なことにギャグセンスの高い人が多く、笑いが分かる人が多いので、僕と価値観がばっちり合っています。
それこそお笑いの話をしなくても、大学の友達と普通の日常会話をしていて楽しいと感じています。よく慶應義塾大学は、内部進学が多くて大学からの入学では馴染めないと言われますが、文学部にはそんなことがありません。
ぜひとも僕のあとに続いて、慶應義塾大学に入ってきてください。歓迎します。

あなたに合った勉強法を教えます!

無料受験相談に行ってみる